98.(1/15)帰れない理由

98.帰れない理由

6時25分、辺りはまだ夜。
青白い月が浮かぶ中、民宿宍喰を後にする。
昨夜は一体、あたしは何を語ったのだろう?
醒めぬ酔いで、頭も、足取りも、ふらふらだった。

凍った空気が肌を突く。火照る頬には気持ちいい。
しかしいくら吸い込んでも、頭の中は晴れない。
「遍路道に出ないと」、国道55号が上のほうに見える。
月が照らすだけの見知らぬ土地は勝手が分らず、
しばらくうろうろして、ようやく国道に出た。

遍路2日目に懐中電灯を送り返したことを後悔した。
足元の安全もそうだが、道路標識の文字が確認できない。
しかし、次の寺までは国道55号をひたすら歩くだけ。
進む方向も分ってる。なにも問題はないのに、心配だった。

国道を歩くあたしと、かつてのあたしが重なる。
今のあたしには108ヵ所歩き通す目的がある。
とぼとぼ、てくてく。目的を持ってひたすら歩く幸せ。

だがプチ家出して、繁華街を彷徨った時は…。
目的がないと、歩く行為は時間潰しの付属品でしかない。
今が楽しければ。友達と一緒に盛り上がってるときはいい。
でも高揚した気分もいつかは冷める。「帰らないと」
家に帰れば怒られる。怒られるのがイヤでぐずるあたし。
歩けば歩くほど、時間が経つほど、気分は重たくなった。

問題を先延ばしにすることは時間をゴミ箱に捨てること。
携帯で愚痴を延々と続ける友人を時間泥棒って思う。
だけど他人には言えても自分に言うのは難しい。
自分の時間をいくら浪費しようが自分の勝手でしょ。
開き直るほど、浪費は確実に増えつづける。
だから、プチ家出で得た経験は、先延ばししない。

いずれ家に帰る以上、いつかは怒られる。
ぐずぐず先延ばししても怒られることに変わりはない。
それならば、どう考えても早く怒られたほうが得だ。
怒られる不安から解放され、そして、家でぐっすり眠りたい。
違う。帰れない本当の理由は怒られるからじゃない。
それは面倒臭いだるい相手をかわす嘘。自分には通じない。

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