1/10.徳島編_遍路5日目

1/10.徳島編_遍路5日目

30.おんやど松本屋

この日宿泊した“おんやど松本屋”は、
自宅に手を加え宿泊所にした感じの宿だった。
2階にある1部屋を使用させてもらう。
井戸寺に隣接し、食卓から寺の様子も見えた。

予定では3時か4時に宿に着くはずだった。
表へ出ていた宿の人らしき方に、声をかける。
『予約した者ですが・・・、遅くなりました』
『まあ、ご苦労様。遅いから心配したよー』
心配で気になって、表で待っていたとのこと。
本当に申し訳ありませんでした。

手にもっていた杖がわりの棒を渡す。
宿に着けば真っ先に、金剛杖は水で清める。
杖は弘法大師の化身とされ丁重に扱われるから。
同行二人もこの杖と共に歩くことから、謂れる。

私の杖は焼山寺へ向かう途中で拾った棒。
本来なら水で杖先を清めてもらった後、
座敷の上座に置くものだが、
抵抗があったので玄関に置いてもらうことにした。

翌日の出発の際、この杖が誉められる。
『変わった杖ね』とおかみさん。
『焼山寺の途中で拾いました』と私。
すると、たまーに私と同じように、
焼山寺から杖を拾って持ってくる人がいるとか。

みんな個性的なしっかりした杖を拾うとのこと。
良い杖を授かったね、そう言われ嬉しくなった。

—–
金剛杖とは
昔は旅の途中に死ぬことも多く、そのとき卒塔婆として使用された。
弘法大師の化身とされ、宿では杖先を水で清め、上座に置く。
—–
同行二人とは
遍路の苦楽を共にし、常にお大師様(弘法大師)が見守っているという。

31.精神力要す女1人旅

『本当に気をつけてなぁ』
宿を発つ、見送りの言葉がこれだった。

よほど心細げに見えたのだろうか。
朝夕の食事の際も傍らで給仕をしつつ、
遍路中に巻き込まれ易い犯罪について教えて貰う。

犯罪といっても地方新聞の隅に載る程度のもの。
車接待による金品の巻き上げや性犯罪、
参拝中に起こる寺での荷物の置き引き。
油断すれば遍路中に限らず、
いつでも誰の身にでも起こりうる事件ばかりだ。

『がんばって』『これ持ってって』『こっちの道だよ』
見知らぬ相手が旧知のように話かけてくる土地柄。
お接待の風習から人の善意に甘える機会も多く、
遍路中は日頃の警戒心も緩みがちだ。

町をちょっと外れれば、のどかな田舎風景。
知らぬ顔とはいえ、すれ違い際は頭を下げあう。
そんなシチュエーションに身を置けば、
知らぬ間に他人を疑う毒された感覚も抜けていく。

歩きお遍路、特に女性の1人旅が狙われやすい。
肉体的疲労による気の緩み。誤った選択。
相談する相手がいなければ制すのは自分だけ。
弱く受動的な女性ほど、犯罪に巻き込まれる。

『足も疲れたし、お接待だし、断るのも悪いし』
そういって促されるままに車に乗った女性を、
襲うという強姦事件が後を絶たないという。
被害に遭った女性にも隙はあっただろう。
でも実力行使にでた男性に女性が勝てるだろうか。

女の一人旅は男の一人旅よりも精神力を要す。
男性よりも肉体的疲労は大きく、犯罪にも遭い易い。
犯罪から身を遠ざけようとすれば割高に神経も使う。
しかし、どんなに女が虚勢を張ったところで結局、
男の腕力には敵わないのだ。虚しいものだと思う。

32.元気にみえる?

8時10分、宿をあとにする。
前日とばした16番から13番の寺をまずは目指す。
その間は遍路道を逆打ちで歩く。
短い距離だったが逆打ちは大変だった。

順番に寺を巡れば見つかる道案内の標識や矢印。
次に選択すべき道を要所の手前で教えてくれる。
だが逆打ちになると、順打ち用にしか道案内がなく、
正しい道を通り過ぎた後、振り返らないとわからない。

肝心の分かれ道に道案内がないことがあるのだ。
そんなときは地図をたよりに道を選択。
しばらく歩いて、後ろを振り返る。
どこかに道案内があれば正しい道を選んだと安心。

この頃には地図の見方がわかるようになっていた。
歩いている道の形状と地図上の道の形が一致する。
地図を見るだけで、今歩いている道の先が、
どうなっているか、おぼろげながら分かってきた。

9時25分。
16番観音寺を済ませ、15番国分寺に到着。
簡単に参拝し、納経所に向かう。

「おはようございます。お願いします。」
朱印帳と納経料を渡す。
ささっと一筆、すぐに朱印帳が返って来る。
「ありがとうございました。」
そう言って立ち去ろうとすると、
思いがけないことを言われた。

「あんた元気やなー。
足とか痛んだり、膝とか壊してない?
みんなここに来る頃にはびっこひいとるよ。」
不思議そうな顔が感心の表情に変わった。
なぜか辛いと言い出せず、笑って誤魔化した。

33.理想はロボット

半年間、追われるように変化を求めていた私。
自分を変えなくちゃ、ずっと思い悩んでいた。
別に、誰かに促されてたわけじゃない。
変えないと、自分の何かが壊れそうで怖かった。

常に焦燥感に駆られてた。
考えても答えなんて見つからない。
無限のループ、思考の堂々巡り。
気持ちが煮詰まらず、自分の中に限界を感じた。

だから外に答えを探した。
でも、外に逃げたかっただけ?

遍路に来た理由は、自分を変えたかったから。
弱い自分をひたすら強くしたかった。
感情も衝動も、全部捨て去りたかった。
泣き崩れるだけの役立たずにはなりたくない。
理性が働かず判断を誤るだけの怒りもいらない。

強い自分。理想はロボット。
鉄の冷たい堅牢な強さと、プログラムによって、
コントロール制御された神経回路が欲しかった。

何も相手に期待しない割り切った強さ。
最初から何も求めなれば裏切りは起こり得ない。
表情もしぐさも全部計算して出た結果を実行。
相手が求める表情と言葉を返すから当り障りない。
感情で動くより合理的で省エネだ。

感情なんていらない。
あれば生きるのに煩わしいだけ。
自分ていう我侭な感情があるから大変なんだ。
全てありのままに受け入れ、流されるだけ。
つかみどころのない、空洞な存在になりたかった。

34.ありがたい痛み

遍路道を黙々と歩く。
無言でも、頭の中は自問自答でいっぱい。
自分に対して『なぜ?』ばかり反芻してた。

“私、なんで歩いてるんだろう?”
“苦しくて、痛くて、辛くてしょうがないのに、なぜ?”
“遍路なんかしてて、遅れ、取り戻せる?”
“ひたすら歩くことに意味なんてあると思う?”

現実から逃げたくて遍路に来たわけじゃない。
未来へ生かす経験にしたくて、遍路に来た。
自分試しの、自分に価値を見出すための遍路。
より良い未来実現のための、人生の遠回り。
そう思ってみたものの、現実はそんな格好よくない。
道草をくってる、寄り道でしかない気がした。

22歳。3月生まれの早生まれ。
大学を卒業してから一年が経とうとしてた。
無職フリーター。属する集団がないって肩身狭い。

高校の卒業、大学への進学。
全部の根本にあった感情は、“まだ遊んでたい”
就職なんてしたくない、まだまだ先延ばししてたい。
そんな甘えた感情が将来を左右させていた。

周囲への後ろめたさだろうか?
フリータ生活半年にして就職したいと思った。
でも、本気で就職を望んでいたのか怪しい。
本気なら私の居場所は四国じゃなくハローワーク。
歩き遍路は甘えが思いついた現実逃避の正当化。
単なる都合のよい言い訳じゃないのか?

考えれば考えるほど自分の弱さばかり露呈する。
気持ちも萎縮。歩き通す自信もなくなる。
こぼれそうな涙を我慢。前だけ見据える。
筋肉の悲鳴だけが意識を現実に引き戻す。
辛かった痛みが、逆にありがたくなっていた。

35.微笑みに体軽く

15番国分寺から14番常楽寺へはすぐだった。
住宅地の中をキョロキョロ、矢印を探しながら進む。
十字路、分かれ道、小さい路地がいっぱい。
ラビリンスに迷い込んだみたいでワクワクした。

天気は快晴続き。陽射しが眩しい。
寒さに凍えた木々も、嬉しそうに緑を煌かせてる。
通り過ぎるように14番常楽寺を参拝、次を目指す。
13番大日寺は前日渡った鮎喰川の向こう岸。
岸を結ぶ一宮橋は大きく、長かった。

テクテクと橋を渡る。
途中、おばあちゃんとすれ違い。頭を下げる。
通り過ぎてから、思い出したように呼び止められた。
え?なに?ダルイのは勘弁して欲しいんだけど・・・
戸惑った迷惑顔で応対してた。

『あんたお遍路さん?大日寺に行くの?
そしたら戻って。階段おりて土手歩くの。
このまま行けないことないけど、遠回りになるよ』

言われてみれば橋の途中に下る階段があった。
半信半疑、お礼を言って痛む体を方向転換。
引き返してみると、遍路シールを発見した。
地図を確認すれば川沿いを歩くようになっている。

疲労で注意力も散漫、道しるべを見過ごした私。
疲労で八つ当たり気味の自分にも気付く。
一方、振り返ってまで教えてくれたおばあちゃん。
気付かぬふりして通り過ぎることもできたのに。
なんだかとてもバツが悪い。

手押し車を引いたおばあちゃんがゆっくり追いつく。
顔の表情、とっさに決められなかった。
『遍路シール見つけました。
わざわざ教えてくださってありがとうございました。』
俯きがちに告げると、おばあちゃんが微笑んだ。
重たかった体が急に軽くなった、そんな気がした。

36.想像通りの展開

11時10分、13番大日寺に到着。
見知った顔に再開した。
6番安楽寺で知り合ったへたれ遍路さんだった。

彼とは2日ぶり。
12番焼山寺の遍路転がしを少しだけ同行した相手。
もう1人、足の速いお坊さんも一緒にいた。

その歩く速度は、歩き慣れない私には辛かった。
速すぎるペースに自分のペースが崩れそう。
思い切って同行離脱を申し出たのは正解だった。
お坊さんに合わせ、無理をして歩いたへたれさんは、
焼山寺をくだる頃には完全に膝を壊していた。

『膝の調子はどうですか?』と私。
『昨日、病院で全治2週間って言われました』と彼。
13番大日寺に向かう途中にある病院に寄ったそう。
歩くたびに膝に激痛が走るらしく、ひどいびっこ。
病院から大日寺に向かって歩いてる最中、
車接待を熱心に勧められたのも頷けた。

結局、車に乗ってしまった彼。
『乗ったところまで戻って、歩きなおしますよ』
そう言った彼だが、翌々日には東京へ帰っていた。
携帯に彼からのメールが届く。
“いったん出直すことにします・・・”

なんとなく、想像通りの展開だった。
数回のメールの後、彼との連絡は途切れた。
彼は再び四国を訪れ歩きなおしたのだろうか?
無理をすれば彼のように膝を壊し、遠回りになる。
自分のペースを乱さない、そう心に決めた。 
その後、へたれ遍路さんは四国に戻り結願しました。
ちなみにへたれ遍路さんの名前の由来はこのエピソードからです。

37.時間厳守

16時30分、18番恩山寺に到着。
予定していた時間よりだいぶ遅れてしまう。
納経所へ直行、ご朱印を頂く。
大急ぎでそのまま寺を後にした。

この日は19番立江寺の宿坊に泊まる予定だった。
前日、立江寺に宿泊の予約をお願いする。
なかなか承諾が得られず、不安になる。

『到着は何時ごろになります?』
『16時ごろには・・』
『17時までには到着できます?』
『大丈夫です』
『遅れそうなときは必ず連絡してください』
時間厳守を条件に宿泊が決まった。

ふと、恩山寺の駐車場で立ち止まる。
ここから立江寺まで3.2km。
約束の17時は数十分後に迫っている。
走って立江寺に向かっても間に合わないだろう。

リュックから携帯を取り出し、立江寺に電話。
声の調子から前日と同じ人が電話に出た。
『17時の約束をだいぶ遅刻しそうなのですが・・・』
『それなら、“ちば”さんに泊まったらどうです?』
素早い応対だった。
粘ったが結局、宿泊は断られてしまう。

時間厳守を破った自分が悪い。
文句を言える立場じゃない。
潔く引き下がるより他はない。

突然の宿泊お願い、断られる可能性は高い。
近くに他の宿泊所はない、断られたらどうしよう・・・
空は薄暗く、おろおろする余裕はなかった。
言われた通り、恐る恐る民宿ちばに電話する。

『1人ですが今日の宿泊お願いできますか?』
『大丈夫ですよ』と即答。
張り詰めた緊張が緩み、どっと疲れを感じた。
5分で行きます、そう言って小走りに駆けた。

38.アンバランスな髪型

早朝6時少し前、起床。
手早く着替え、鏡とブラシを取り出す。
いつも通りオダンゴを1つ作った。

髪は長く、垂らせば胸が隠れた。
ゴムで結んでも風が吹けば顔にまとわりつく。
遍路中は髪が遊ばないよう、オダンゴ頭にしていた。

左耳後ろに髪を集め、ねじってまとめる。
普通なら真後ろに髪を束ねるものだが、
歩くと背負ったリュックにぶつかり鬱陶しかった。
アンバランスに映るオダンゴ頭にも意味があった。

身支度を整え、食堂に行く。
前夜、熱燗を振舞ってくれた京都さんが既にいた。
『おはようございます。昨日はご馳走様でした』

挨拶を交わし、前夜と同じ席につく。
朝食を取り始めてしばらく、指圧さんが起きてくる。
前夜は京都さん、指圧さん、私の3人で遅くまで飲んだ。

京都さんと指圧さんは、父親ぐらいの年齢の男性。
2人とは“なべいわ荘”でも一緒になっていた。
一升瓶の坊さんと酒盛りに興じていた残りのお客。
そのときは、私と彼らとは交流がほとんどなかった。
(私・へたれさん・お坊さん・京都さん・指圧さんの計5人が、
その日なべいわ荘に宿泊していた。)

指圧さんとは、道中よく会っていたので顔見知り。
京都さんとは“民宿ちば”で初めて言葉を交わす。
団体客の手前、一人ご飯は切なく、
“民宿ちば”での再会には感謝した。

1/10.移動と宿泊

本日の移動

8:10 おんやど松本屋
16番観音寺
9:25 15番国分寺
9:55 14番常楽寺
11:10 13番大日寺
16:30 18番恩山寺
16:55 民宿ちば

本日の宿泊

名前 民宿ちば
(08853-3-1508)
場所 18番恩山寺下りてすぐ手前
料金 6,500円
洗濯 洗濯機と乾燥機あり。有料。
備考 部屋数多い。

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