目次
39.殺すって言葉
朝食を済ませ、部屋に戻る。
前夜、酔っ払って散らかした荷物をまとめる。
ピッチ(PHS)がノートパソコンにつながったまま。
遅くまでネトゲとMSNをした跡だった。
ネトゲはいつもの殺人ゲーム。
MSNを起動して、ゲームと平行してチャットする。
“Lv490マリア、体力落ちてる!”
“マリアの居場所は?お金は持ってる?”
“うわー美味しすぎ。タイミング合わせて殺そう。”
『殺す』って言葉、何度もくりかえし使った。
たかがゲーム。実際に人を殺めるわけではない。
そんな考えがあったから、抵抗なく『殺す』と使えた。
ゲームの殺しはコピーを殺すこと。
システムに登録された情報を消去するだけだ。
同じ情報で再登録すれば、全く同じモノが蘇る。
オリジナルが別に存在する限り無限に再生可能だ。
しかし、現実の殺しはオリジナルを殺すこと。
取替えのきかないオリジナルだから、かけがえない。
例えクローン技術によって肉体が復元できても、
そこに宿っていた精神まで蘇るはずはない。
一度葬られた人間が全く同じに蘇ることは不可能だ。
だからオリジナルという存在価値は大きい。
同じ『殺し』でも、意味の重さは全く違う。
ゲームでの殺人行為はフィクション。作り物。
法律に抵触しないし、何も悪いことはしていない。
それなのに酔いが醒めた朝、何か違和感を覚えた。
40.絡まれた? 酒盛り
荷造りを済ませ、宿泊料金の支払いに食堂へ戻る。
会計を待っている間、意外なことを言われた。
『昨日は遅くまで酔っ払いに絡まれて大変だったね』
『えっ?・・・いえ、そんなことないですよ』と私。
自分としては、前夜の酒盛りは多いに楽しんだ。
でも、傍目にはつまらなそうに見えたのだろうか?
民宿ちばには、歩き以外の遍路客が大勢いた。
たいていがグループを作り、まとまっている。
夕食に食堂へ行けば、1人の私には居心地が悪い。
わいわい賑やかな席に背を向けて、
1人黙々と食事をするのは寂しいなと思ったから。
食事の席は1人旅の者だけ、まとめられていた。
この配慮には嬉しかった。
私、指圧さん、京都さんの3人で食事を囲む。
指圧さん、京都さんはお酒がじょじょに入り、顔が赤くなる。
顔色に比例して、2人の会話に私も加わっていった。
『お姉さんじゃ悪いな、お嬢さんも一杯付き合って』
そういってオチョコを差し出される。
嫌いじゃなかったので、受け取って、飲む。
酔いとともに緊張がほぐれ話が弾んだ。
久々に心から笑える時間を過ごした。
女性の中には酒の付き合いを嫌がる人も多い。
だから、宿の人は私が絡まれて大変と思ったのか。
それとも、本当に迷惑顔をしていたのか。
酒盛りに夜も更けた。お互い遅くまでお疲れ様、
そんな意味も含まれていたのだろうか。
返す言葉に詰まって、
やっぱり笑って誤魔化してしまった。
41.わがまま誉められて
宿を出ると、外に京都さんがいた。
『お待たせしました』と言って駆け寄る。
朝食の際に“一緒に歩きましょうか”と、
なんとなく話がまとまっていたのだ。
京都さんは、ゆったりと穏やかな話し方をする人だった。
京言葉が更に物腰のやわらかい印象を与える。
会話に間があけば、さりげなく次の話題を用意。
気遣いにあふれた人でもあった。
必要以上に喋るわけでもなく、
歩くのと同様、ゆるゆると会話が続く。
共通する話題は遍路絡み。いつの間にか、
焼山寺の遍路転がし、なべいわ荘の話になった。
一升瓶を持って焼山寺を登った坊さんの話。
その坊さんが翌日3時には井戸寺についてた話。
足の速い坊さんに付き合って膝を壊したへたれさんの話。
へたれさんが、いったん出直すことにして帰った話。
そして、坊さんとへたれさんから行動離脱した私の話。
『自分のペースが乱れるからって断ったらしいなぁ。
それ聞いて、よく言ったと思ったわぁ。』
自分は間違ってない。
だけど、断った後には気まずい雰囲気が残った。
昔から団体行動がダメで協調性に欠けていた。
“あー、またやらかした。”と自己嫌悪。
“でも、いつものことだし、仕方ないし・・”
自分を偽れば不満が表に出て、結局うまくいかない。
それならいっそ、自分に正直になったほうがマシだ。
『断れないようじゃ、先は続かんわぁ』
わがままが肯定されるなんて、思ってもみなかった。
42.気遣いに甘えて
8時20分、19番立江寺に到着。
寺が平地にあり、予想が外れる。
立江という寺の名前から、小高い入り江に建つ寺、
そんなイメージを京都さんと話していたのだ。
お互いにそれぞれ、シンプルな参拝を済ませる。
『今日まで生かして頂き、ありがとうございます』
そう、ご本尊様に手を合わせる京都さん。
『感謝を表すだけや』と笑う京都さんの参拝スタイルは、
お経を唱えない私にとって居心地がよかった。
ご朱印を頂き、揃って立江寺を後にする。
私の今日の予定は“民宿金子や”までだ。
別格3番慈眼寺へ寄るため、
金子やには2泊で宿泊予約をしていた。
当初の予定では、
今日は立江寺のみ打ち、金子やで打ち止め。
明日は慈眼寺を往復して金子やでもう1泊。
明後日は20番鶴林寺を目指す、というもの。
金子やから慈眼寺までの所要時間がわからず、
地図と寺の位置関係上、ほかに選択の余地はない。
そう思っていたのだが、
歩きながら別の考えが浮かんでいた。
タイミングよく、京都さんが反応。
しばらく歩いた先にあったガソリンスタンドで、
『ちょっとトイレ。先行ってなぁ。』と京都さん。
京都さんと私、歩くペースは私の方が少し速かった。
先を急ぎたい本音が見えてしまったのか?
それとも、ただペースが合わなかったからか?
気遣いのできる京都さんにどっぷり甘えてしまった。
43.注意散漫、大きなミス
おそらく金子やに着くのは12時前。
17時の納経終了時間までに慈眼寺へ着けばいい。
帰りが遅くなっても良いか、宿の方の判断を仰ごう。
許可が下りれば、荷物を置いて慈眼寺を往復しよう。
自分でも良いアイディアが浮かんだと思った。
1日分、時間とお金の貯金ができるのだ。
体に無理をさせるが、足と体力には自信がある。
懐中電灯も持ってきているから、
帰りが遅くなって辺りが暗くなっても大丈夫。
“うーん!完璧。無駄がなくていい感じ。”
自分のアイディアに鼓舞する自分。
気持ちも踊り、気付けばハイペースで歩いていた。
10時55分。
民宿金子や、到着。
さっそく宿の方に、
荷物を置いて慈眼寺を往復してよいか、尋ねる。
ええ構いませんよ、と快い承諾の返事。
大急ぎで必要な物をまとめ、ミニバックに詰める。
『行ってきます。』身軽になって宿を後にした。
30分置きに休憩をとっていた私。
疲れではなく、酷い肩こりが原因だった。
重い荷物がないので肩こりも止む。
絶好調の休憩なしで歩いた。
なにもかも全て思い通りに事が進んでいた。
ちょっと得意になっていたのだろう。
注意が散漫となり、大きなミスを犯してしまう。
44.大慌ての方向転換
民宿金子やを出て、およそ1時間後。
別格3番慈眼寺に向かうはずが、
20番鶴林寺に向かっていることに気付く。
鶴林寺に通じる遍路道ではなく、車道を歩いていた。
大き目の看板に『あと何キロで鶴林寺』の文字。
“あれ?私、慈眼寺に向かってるはずだよね・・・”
頭の中が一瞬で真っ白になった。
道を間違えているのに、すぐ気付く。
確認するまでもないのだが、
地図を取り出さずにはいられなかった。
徳島上那賀16号線を真っ直ぐ行けば慈眼寺。
その16号線を左折すると鶴林寺。
“全然方向が違う!なんでこんなミスするん?”
自分を責める言葉は次から次へと浮かぶ。
あまりの間抜け具合に、悔しくて涙が出た。
“どうしよう?1時間のロス。”
下りとはいえ16号線まで戻るのに、30分は必要だ。
そこから更に慈眼寺を往復しなくてはならない。
“今日、慈眼寺に行くのは諦めようか?”
パニック寸前での、自問自答。
取り乱しても、何の解決にもならない。
必死に現状の打開策を模索する。
“今一番にすべきことはなにか?”
時間には限りがある。すぐに答えが必要だった。
時刻は11時50分。
どうしよう。宿には戻りたくない。
どうしたい?・・・まだ間に合う。慈眼寺へ行こう。
泣き言は全て終った後で。宿に帰ってから。
まずは、走って16号線まで出なくちゃ。
大急ぎで方向転換した。
45.一心不乱に駆け降りて
大小問わず、失敗直後は落ち込む。
考えが後ろ向きになって気分も滅入る。
ほんの数分前の気持ちの高揚が信じられないほど、
一変した、焦りと自責に駆られる自分がいた。
経験上、こうなったときの対処方法はわかってる。
まずは努めて理性的になること。
そして、感情を追い出した現状から、
自分の目的に適う答えを筋道を立てて導き出す。
そして、結果の答えを実行するだけ。
絶対に感情に身を任せないこと。
気分が乗らないといって動かないでいると、腐る。
悲劇のヒロイン演じて自己陶酔するのも楽しいが、
時間の経過とともに余計立ち直りにくくなるだけだ。
“何も考えちゃダメ。考えたら動けなくなる。”
“私に感情はない。何も見えない。何も聞こえない。”
“私は乱されない、目的に向かって前進する機械。”
感情を押し殺せば不完全燃焼がおきる。
扱いを間違えれば自分を腐らせてしまう原因、
ストレスと呼ばれる重たいエネルギーがたまる。
12時30分、横瀬橋を通過。
間違えて向かった鶴林寺は山の上にあった。
1時間かけて登った道も、下りは30分かからず。
ひたすら、一心不乱に駆け降りた結果だった。
エネルギーを発散させずに放置しておけば、
身動きが取れなくなるほど、扱いづらく強力。
だが、このエネルギーをうまく利用できれば、
跳躍のバネとなり結果も目覚ましくなるようだった。
46.好意感じる温もり
なるべく明るいうちに宿に戻りたい。
見知らぬ土地、暗くなれば道が分らなくなりそう。
それに、あまり遅くなれば宿にも迷惑がかかる。
苦しいときこそ誰も頼らない、そう決めたはずだった。
甘える癖がつけば、いざというとき脆く動けなくなる。
助けを求めるだけの弱い自分はいらなかった。
でも、人に迷惑をかける無責任な強さもいらない。
疲れるだけの意地は張らない、そうも決めていた。
無駄にできる時間は全くない。
多くの時間ロスの原因は、道に迷うこと。
私はこの土地を全く知らない。
自分の限界を感じる。・・・人に頼ろう。
13時55分、黄檗のバス停に到着。
横瀬橋からここまでは車道の一本道だった。
地図を見ると黄檗付近から遍路道があるよう。
タイミングよく、近くにあった出店から人の声がする。
『すいません・・・』おそるおそる声をかける。
『慈眼寺行く遍路道は、そこ右曲がると行けるよ』
この店の主らしきおばちゃんが教えてくれた。
店にはミカンが積まれ、1袋50円の値がついている。
もう1人、話し相手の農家風のおじさんもいた。
『こっから慈眼寺まで遠いで。乗っけて行くよ』
店先に止まるトラックを指差しておじさんは言った。
人に頼ると決めたが自分を甘やかしたくはない。
2人は心配してか、熱心に車の接待を勧めてくれた。
『このおっちゃんは信用できる。心配せんで』
そうおばちゃんに言われたが、ここは固辞した。
信用できなかったからではなく歩きたかったから。
2人が発する言葉には温かさがこもっていた。
私はその温かさを自分への好意と感じた。
無言の好意に沈んだ気持ちが大きく励まされた。
心宿る言葉に、私の渇いた心も濡れたようだった。
47.別格3番慈眼寺
黄檗から道を右に折れる。
しばらくすると、遍路の文字を発見し安心。
続く、くねくねとした農道をせかせか歩く。
道は1本道、そう思っていたが違った。
後ろから軽トラックがやってきた。
念のため、ここが遍路道か確認する。
すると、少し手前に歩きの遍路道があると知った。
人が1人やっと通れる小道。それが遍路道。
農道を通っても慈眼寺に行けるようだが、遠回り。
民家と民家の間をぬって、農道をショートカットする。
教えられた目印、小さな貯水池に出る。そこを右。
小さな社を通り過ぎ、ミカン畑を通り抜けた。
ところどころに遍路の文字が垂れ下がっていたが、
自力でこの遍路道を見つけるのは難しいだろう。
なんせ、遍路道の入口が分りにくい。
地元の方の援助が必要だと改めて思う。
軽トラックがきたタイミングの良さにも感謝した。
別格3番慈眼寺は穴禅定で有名だ。
弘法大師が夢のお告げから発見したといわれる、
約2億5千万年前に形成された鍾乳洞がある。
この洞穴のお参りは狭い所を通り抜けるので、
入試・安産に特にご利益があるそう。
そのため体型による入場制限がある。
参拝希望者は、案内人に従って洞窟を進む。
そのときローソクの灯りを頼りに奥に入るそうだ。
興味深かったので、穴禅定をしてみたかったが、
参拝受付は3月~11月、お盆と悪天候時は休み。
時間的にも今回は宿と寺を往復するのが精一杯。
今回は縁がなかったというあきらめもあって、
いつか縁のある時に、そう自分に言い聞かせる。
48.2粒の絹飴
15時5分、別格3番慈眼寺に到着。
住職さん親子がキャッチボールしていた。
幼い姉妹が2人。お姉さんがボールをにぎる。
妹さんはその周りを元気よく走り回っていた。
家族の団欒に突然現れた侵入者ってところ?
他に参拝者はいなくて、気まずい空気が流れる。
躊躇する暇もなく、荷物を置いていつもの参拝。
そして住職さんにご朱印をお願いした。
納経帳を渡すまで、対応を決め兼ねていたようだ。
見た目に遍路と分らぬ相手に声はかけずらいそう。
遍路装束は見知らぬ者同士の間に、
コミュニケーションを生ませる効果があるようだ。
二言三言、世間話をするうちに空気が変わった。
自分は遍路で、金子やから歩いてきたと話すと、
17時まで待ってもらえれば車で送るといわれた。
心配は嬉しかったけど、軽く流して断る。
丁度そこへ4、5人の集団が参拝にやってきた。
住職さんはその集団の相手に納経所へ戻る。
私も時間が惜しいので、そこで下山することにした。
すると、『これ、あのお姉さんに渡してきて。』
なにやらがさごそと探していてくれたよう。
幼い姉妹が私の元へ、おせんべいを届けてくれた。
素直に受ける。物以上の何かも頂いた気がした。
私も返せる物がないかと、バックを漁る。
普段ならチョコや飴玉がいらないほどあるのに。
なんでこんな肝心なときに、ないんだよ。
今まで食べ物を粗末にしていた罰ですか?
バックから出てきた物は10番切幡寺で買った絹飴。
1粒ずつ姉妹に手渡す。やるせない気分。
ありがとうございました、そうお辞儀して後にした。
49.良いものだから厄介
下りの道はひたすら走る。
膝を痛めないように、歩きと交互で走る。
慈眼寺からミカン畑まで下ると簡素な休憩所がある。
イスが2つ、その横にケース一杯のミカンが積まれる。
ご自由にとあったが、ミカンには手をつけず休憩。
ミカンが悪くなっていたとかじゃなく、いたって新鮮。
私は甘い物、特に果物とケーキを好んで食べない。
焼山寺の途中で貰ったイチゴ。よく食べたと思う。
だけど食べきる自信はなかった。腐らせたくない。
頂いたモノ、好意を無駄にしたくない。
道中のお地蔵様へのお裾分けも、それがあってだ。
休憩所からしばらく下りる。まだまだミカン畑。すると、
この遍路道を教えてくれた軽トラックの方がいた。
『あんまり遅いんで心配したで、道を間違えたかって』
『あはは。もうお参り済ませて帰るところです』
体を動かすと気持ちも快活になる。元気に答えた。
『本当に ありがとうございました』そうお礼をいう。
『そや。ミカンもっていく?いるなら木から取るで』
ミカンが食べれないと言えば角が立つ。
宿のリュックにいっぱいあるからと、言い訳した。
行きも帰りも同じ道。黄檗まで迷うことなく駆け下りる。
黄檗の出店のおばちゃんがまだ店にいた。
『お参り済みました。本当にありがとうございました』
そうお礼を告げる。おばちゃんはうれしそうだった。
ミカンの山を指して、持って行き、とまた言われる。
さっきと同じように言い訳して、その場を後にした。
16時7分、坂本郵便局を通過。
辺りはちょっぴり薄暗くなってきた。
焦りがにじみ出たのだろうか、車の接待が相次ぐ。
『大丈夫です。ありがとうございます』笑顔で断る。
でも、だんだん断るのがしんどくなってきた。
自分に余裕がなくなると相手を考えられなくなる。
逆に相手に私の気持ちを察して欲しいと願う。
車の往来が少ないと見知らぬ車が止まるのは怖い。
止まってくれた車に、わざと避けてると伝わるように、
反対車線へ渡る。舌打ちが聞こえてきそうだった。
好意は重たすぎる。良いものだから、なおさら厄介。
50.絶対数が少ない冬
金子やの食堂は二部屋に仕切られた座敷。
私が食事した部屋は個人客のみ集められていた。
襖に仕切られた向こうからは家族団欒が聞こえた。
おはようございます、そう言って食堂に入る。
民宿ちばに引き続いて京都さん・指圧さんと一緒の朝食。
昨夜は大急ぎで慈眼寺から宿に戻った私を、
『おかえりー』と食堂で迎えてくれた。
京都さん・指圧さんは先に進んでいると思っていたので、
再び見知った2人に会えたのはうれしかった。
そしてもう1人、新しい顔がそこに加わっていた。
健脚さん。
定年間近で肩叩きにあい、遍路に来たそうだ。
私の一日後から始めたのにもう追いつかれた。
焼山寺も4時間で歩ききったとか。
フルマラソンにチャレンジするだけあって若々しい。
私は時間を惜しんでぎりぎりまで歩いたが、
京都さん・指圧さん・健脚さんの3人は、宿に早めに入る。
無理に先に行くことはしないのだそうだ。
宿に限りがある上、冬場なので閉じてる宿も多い。
そのせいか、この3人とはしばらく宿が重なった。
選択肢が他になかったためだろう。
自然と同じ場所に宿を取る結果となった。
しかし、このときはそんなに縁が続くと思わなかった。
冬場の遍路は遍路同士が仲良くなりやすいそうだ。
シーズンオフだから遍路の絶対数が少ない。
1人の相手と分かつ時間が長くなるからだろうか。
1/11.移動と宿泊
本日の移動
7:10 | 民宿ちば |
8:20 | 19番立江寺 |
9:44 | 沼江大師 |
10:55 | 民宿金子や |
12:30 | 横瀬橋 |
13:25 | 坂本駐在所 |
13:55 | 黄檗 |
15:05 | 別格3番慈眼寺 |
16:07 | 坂本郵便局 |
17:40 | 民宿金子や |
本日の宿泊
名前 | 民宿金子や (0885-42-2721) |
場所 | 18番恩山寺下りてすぐ手前 |
料金 | 5,250円 |
洗濯 | 洗濯機と乾燥機あり。有料。 |
備考 | 部屋数多い。 |
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